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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)5176号 判決

原告 野本安蔵 外一名

被告 大宝タクシー合資会社

主文

被告は原告安蔵に対し金一、六一八、三四〇円、同徳七に対し金五〇、〇〇〇円及びそれぞれこれに対する昭和二九年一〇月二八日から支払済まで年五分の金員を支払え。

原告安蔵のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は被告に対し原告安蔵勝訴部分に限り原告安蔵において金五四〇、〇〇〇円、同徳七において金一六、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

昭和二九年二月一九日午前四時五分頃、大阪市南区九郎右エ門町キヤバレーハリウツド前附近御堂筋道路上で、原告等の乗つていたポインターと末利光の運転する被告の乗用自動車とが衝突したことは、当事者間に争がない。そして当裁判所が真正に成立したものと認める甲第一号証によると、原告安蔵は右事故により、頭部打撲症、頭蓋内出血、頭部割創、左大腿骨々折、左腓骨神経麻痺を被り、原告徳七の本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第二号証によると、原告徳七は右事故により、脳震盪症、頭部打撲、頭部擦過傷、右下腿骨々折を被つた事実を認めることができる。

そこで、原告主張の右末利光の過失の有無について検討する。

成立に争のない甲第四、九、一〇、一二号証、原告徳七本人尋問の結果、検証の結果を総合すると、右末利光は、当時、普通乗用自動車を運転して、時速約三五キロメートルの速度で、大阪市南区久左衛門町二五番地先附近の御堂筋南行疾行車道中央を南進中であつたが、一昼夜連続勤務制であつたので、前日の午前八時四〇分頃より睡眠をとらずに運転を続けていたゝめ、つい眠気を催して居眠りをし、ハンドルを右にとられ、南西方に北行疾行車道の方へ約五〇メートル斜行して行き、衝突の直前になつて始めて、その前面に折柄北行疾行車道西端を北進中の原告等の乗つていたポインターを認め、にわかに急停車の措置をとつたが、時すでに遅く、その運転していた自動車の前部中央を右斜の方向から原告等のポインターの前車輪に衝突させ、原告等をポインター諸共南西方約一五メートルの地点に転倒させたとの事実を認めることができる。証人末利光の証言中右認定に反する部分は、当裁判所の信用しがたいところであり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、自動車運転者は、居眠りする等異常な状態で自動車を運転してはならないのはもとより、常に前方の注視を怠つてはならない義務があるのであるが、前記認定のように末利光は、居眠りながら運転をしていたのであるから、右運転者としての注意義務に違反していることは明白であり、本件事故は、末利光の過失に基くものと認められる。

そして末利光が、事故当時、被告の被用者として、その事業を執行していたことは当事者間に争がない。被告は、末の選任監督について相当な注意をなしたと主張し、証人森島幸男の証言によれば、被告会社では事故防止の予防策として、毎朝運転手に対し事故防止の注意事項を告知したりする等のことをしている事実が認められるけれども、右事実のみでは、未だ法の要求する「相当の注意」をなしたといいえないし、その他これを認めるに足りる証拠はない。また本件のような、自動車運転者の一昼夜連続勤務制によつて誘発された居眠り運転に基く事故発生については、使用者が更に事故防止の方策を講ずることにより事故の発生を防止できると考えられるから、民法七一五条にいわゆる「相当ノ注意ヲ為スモ損害カ生スヘカリシトキ」にあたるとはいいえない。従つて被告は、末の不法行為について使用者としての責任に基いて、原告等に対し損害賠償をなす義務がある。

ところで、被告は、過失相殺の主張をしているので、損害額の認定に先立つて右主張について検討する。

原告等が事故当時ポインターに相乗りしていたことは、原告等の自認するところであり、ポインターのような自動二輪車に二人乗りすることは、その運転技術上多少危険を伴うことが認められるけれども、右に認定したように、本件衝突事故は、衝突地点より約五〇メートルの手前から、末利光の運転する自動車が原告等のポインターに向つて斜行してきた結果発生したもので、当時の自動車の時速が三五キロメートル位であつたところから考えると斜行しはじめてから衝突までの間は、五秒か六秒位であつたと認められるから、仮に原告等が相乗りしていなかつたとしても、衝突は避けられなかつた関係にあり、本件事故について原告等に過失がなかつたと認めるのが相当である。

そこで損害額について検討する。

原告徳七、同人の法定代理人野本てるの各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一三号証の一から三四までによると、原告安蔵が事故当日から同年一〇月一日まで大野病院に入院治療をうけたことが認められ、右各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一四号証の一から一九までと原告徳七本人尋問の結果によると、原告徳七が事故当時から同年五月三〇日まで大野病院に入院治療をうけた事実が認められる。そして証人野本雅子の証言(第二回)により真正に成立したものと認められる甲第二二号証と同証人の証言(第二回)及び証人森島幸男の証言を総合すると、原告安蔵は、右原告等の入院治療費として、大野病院に対し、合計金二一八、五四〇円の支払をした事実が認められる。被告は、右入院治療費中には必要経費に属さないものがあると主張するが、証人野本雅子の証言(第二回)により真正に成立したと認められる甲第二三号証に同証人の証言を総合すると、原告安蔵が入院料一について金六〇〇円の部屋から金一、〇〇〇円の部屋に移つたのは、安静と看護の必要のためであることが認められ、また病院側より早期に退院するよう要求をうけたとの事実が認められないから、右金員はすべて必要経費に属するものといわなければならない。他に右各認定を左右するに足りる証拠もない。

そして証人野本雅子の証言(第一、二回)によると、病院には暖房設備がなく入院者各自が部屋を暖めねばならなかつたこと、給食設備がなかつたので毎食自宅より運搬していたこと、医師より栄養を補給する必要があるといわれて玉子や果物等を相当多量に買つたこと、原告等の入院中に外科、神経科、レントゲン科の各担当医師の治療をうけ、また多数の家政婦、看護婦の世話になり、殊に原告安蔵は、頭部の機能障害を伴つていたので、前記の人々に多大な面倒をかけたことが認められるので、これらの事実と右証言により真正に成立したものと認められる甲第二一号証、原告徳七、同人の法定代理人野本てるの各本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一六号証の一から一四まで、甲第一七号証、甲第一八号証の一から六まで、甲第一九号証の一から一一までを総合して、看護婦、家政婦の手数料金六七、五〇〇円、輸血代金二、二〇〇円、氷代金二、八二〇円、薪炭代金一〇、二六〇円、栄養物代金一一三、〇〇〇円、松葉杖、円座氷枕等金一五、二〇〇円、医師、看護婦に対する祝儀金五〇、一〇〇円、自宅と病院との間の交通費、電話代金五八、〇〇〇円計金三一九、〇八〇円が入院中原告安蔵の支出した必要経費であると認められる。

次に原告徳七法定代理人野本てる本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一五号証の一から三までと同本人尋問の結果によると、安蔵は、頭部の障害のため沢神経科医院において治療をうけ、右治療代として金七、一五〇円を同医院に支払つたことが認められる。

次に証人野本雅子の証言(第二回)、原告徳七、同人の法定代理人野本てるの各本人尋問の結果によると、本件事故のため原告等の乗つていたポインターが破損して使用できなくなつたこと、右ポインターは事故の約二ヶ月前に原告安蔵が金一六五、〇〇〇円で購入したこと、購入後毎日右ポインターを鮮魚の買出に使用していたことが認められるから、二ヶ月間の使用を考慮して、ポインターの破損による損害金を金一五〇、〇〇〇円と認定するのが相当である。

次に証人野本雅子の証言(第一、二回)、原告徳七法定代理人野本てる本人尋問の結果(一部)を総合すると、本件事故前には原告安蔵が中心となつて使用人を二人雇い家族が協力して鮮魚商を営んでいたこと(鮮魚商を営んでいたことは当事者間に争がない)、本件事故により原告安蔵が入院したゝめ事故の当日から同年五月末まで営業ができなかつたこと、事故前には平均して一日金二〇、〇〇〇円以上の売上があり、その利益率が二割以上であつたこと、地方から直送してくる魚をも扱つていたので中央市場の休日でも商売をしていたこと、同年六月一日から長男の善二郎が中心となつて営業を再開したが、同人が商売に慣れていなかつたため、最初の頃は、事故前の三分の一以下の売上しかなく、利益はほとんど皆無の状態で、ようやく得意先を確保しておく程度であつたが、昭和三〇年九月頃には商売にも慣れ、事故前と同じ位の売上高と利益率を維持できるようになつたことが認められる。右認定を左右する証拠はない。そうだとすると、原告安蔵は、前記営業を休止した事故当日から同年五月末日までの間に、少くとも金四〇〇、〇〇〇円の利益を失つたことになり、営業再開後従前の状態に戻つた右昭和二九年六月一日から昭和三〇年八月末日までの一年三ヶ月間については、売上、利益率共日がたつにつれて上昇したと認定するのが相当であるから、平均して、その間の売上は事故前の三分の二以下、利益率は一割以下と認むべきであつて、この割合で計算すれば、その間原告安蔵は、多くとも一ヶ月金四〇、〇〇〇円計金六〇〇、〇〇〇円の利益を得ていることになるから、それと事故前の売上、利益率で計算したその間の予想利益一ヶ月金一二〇、〇〇〇円計金一、八〇〇、〇〇〇円との差額少くとも金一、二〇〇、〇〇〇円が原告安蔵の失つた利益である。従つて原告安蔵が本件事故発生当日から昭和三〇年八月末日まで働けないため失つた得べかりし利益は右金四〇〇、〇〇〇円と金一、二〇〇、〇〇〇円との合計金一、六〇〇、〇〇〇円と認定すべきである。

更に原告安蔵、同徳七、同人の法定代理人野本てるの各本人尋問の結果によると、原告安蔵は、本件事故による傷害のため、記憶を喪失し、計算をすることができなくなり、視力が弱つて新聞等の細字が読めなくなつた事実を認めることができ、また前記認定の傷害の程度によると、その心身に与えた苦痛はかなり大であつたと認められるから、これらの事実を考慮して、慰謝料として金一〇〇、〇〇〇円を相当と認める。

以上認定の入院費金二一八、五四〇円、医療雑費金三一九、〇八〇円、沢神経科医療費金七、一五〇円、ポインターの損害金一五〇、〇〇〇円、得べかりし利益の喪失金一、六〇〇、〇〇〇円の内金八二三、五七〇円、慰謝料金一〇〇、〇〇〇円、合計金一、六一八、三四〇円が本件事故により原告安蔵の被つた損害と認めるのが相当である。

次に原告徳七の慰謝料について判断するに、同人及び同人の法定代理人野本てるの本人尋問の各結果によると、原告徳七は、本件事故による足部の障害のため、現在でも歩行にかなりの疲労を伴うこと、そのため高等学校への進学を断念したことが認められ、前記認定の傷害の程度によると、その心身に与えた苦痛が少くないと認められるので、これらの事実を考慮して、慰謝料として金五〇、〇〇〇円が相当と認められる。

以上の次第で被告は、原告安蔵に対し金一、六一八、三四〇円、同徳七に対し、金五〇、〇〇〇円及び右各金員に対する本件訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和二九年一〇月二八日から完済に至るまで民法所定年五分の遅延損害金を支払うべき義務があることが明らかであるから、原告徳七の請求は全部正当として認容すべきものであるが、原告安蔵の請求は右限度で正当として認容し、その余の部分は失当としてこれを棄却しなければならない。

そこで訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条但書、仮執行の宣言については同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 倉橋良寿 岡次郎)

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